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高密度焦点式超音波療法(HIFU、ハイフ)
お腹を切らずに強力超音波で治す
外科的摘出手術に匹敵する効果、最も軽い身体への負担
早期前立腺癌(骨やリンパ節などに転移の認められない症例)の治療は、わが国では、前立腺を丸ごと摘出する根治的前立腺全摘出術と呼ばれる外科的開腹手術が最も多く行われています。しかし、開腹手術をすれば身体への負担が大きく、さらに術後の尿失禁や勃起機能障害などが起こる可能性があります。そこで近年、こうした欠点を補うために放射線の3次元照射療法をはじめ、小線源療法、腹腔鏡手術などが開発されました。それらの中で、患者さんにとって最も負担が軽い超音波による治療法、高密度焦点式超音波療法(HIFU、ハイフ)について紹介します。
検査用の数万倍という強力な超音波の力
前立腺癌は、高齢男性に多い癌です。欧米では、男性がかかる癌のトップを占め、近年日本でも増加の一途をたどっています。
人口の高齢化や食生活の欧米化も影響していると見られていますが、血液の中のPSA(前立腺癌特異的抗原)という腫瘍マーカーが普及し、血液検査で癌の存在が容易にわかるようになったことも患者増加の要因と言われています。
そのため、早期に発見される前立腺癌が増えてきましたが、これにはいろいろな治療法があります。現在、前立腺癌が前立腺内にとどまる場合は、お腹を切って前立腺を丸ごと摘出する前立腺全摘出術が最も多く行われています。癌を根治させる率は約80%とされていますが、手術時の出血とそれに伴う輸血や、手術後の尿失禁や勃起機能の障害などの合併症が起こる率が高くなります。さらに2〜4週間にわたる入院が必要となります。一方で、前立腺癌は進行が遅いものが多いため、70〜75歳以上になると、積極的に開腹手術を勧められることは少なくなり、放射線治療やホルモン療法も多く行われています。放射線治療にも前立腺の外から放射線を照射する外照射の他、最近では前立腺内に直接放射性物質を埋め込む小線源療法も可能となりました。外照射の場合、治療中や治療後しばらくは排便痛や血便などの合併症が起こること、また稀に治療後長く経過してから直腸からの出血や尿漏れなどが起こる場合があります。また最近の小線源療法も会陰部から20〜30本、針を刺入しなければなりません。
ホルモン療法は、男性ホルモンによって成長する前立腺癌の性質を利用した方法で、ホルモンの動きを封じ込めるために女性ホルモンを投与する方法です。しかし2〜3年でホルモン療法が効かない癌細胞が増えて、再び癌の増大が始まってしまいます。また、性機能は100パーセント失われ、女性の更年期障害のような症状が出現します。
このように、前立腺癌の治療は選択肢が多く、それぞれの治療法の欠点と長所を天秤にかけて治療法の選択が行われてきました。
ここに新しく登場したのが、強力超音波を用いて治療する高密度焦点式超音波(HIFU,ハイフ)療法です。これは、検査用超音波の数万倍という強力な超音波によって前立腺癌を熱凝固させて癌を死滅させる新しい方法です。身体への負担が少なく短期間の入院ですみ、重い合併症も少なく、前立腺全摘術に匹敵する効果が期待できることから大きな注目を集めています。
前立腺肥大症の療法から発展
HIFU療法は、強力な超音波を目的の部位に集中させ、焦点領域だけを80度から98度に加熱し、組織を熱凝固、壊死させることによって癌を治療する方法です。HIFU療法はもともと前立腺肥大症の治療に開発され、私たちも1993年から開始しました。
しかし、残念ながら前立腺肥大の治療にはもうひとつだったのです。前立腺肥大の場合、肥大した前立腺が尿道を圧迫しているので、前立腺を縮小させて尿道が通る空洞を作らなければならないのですが、実際にはできる空洞が小さく手術後1〜3年でまた症状が再発してしまいました。しかし、これまで研究してきたHIFU療法を捨ててしまうのはもったいない。癌ならば、高い出力で空洞を作る必要もないし、超音波の熱で癌組織を壊死させることができるのではないかと考えたのが始まりです。
ただ、これにはネックがありました。HIFU療法では、肛門から直腸にプローブを挿入してここから前立腺に焦点を絞って超音波をあてます。しかし、このプローブが大きく、かつ治療時間が極めて長かったのです。初期の装置では、20グラムほどに肥大した前立腺を治療するのに6時間、大きいと9時間もかかりました。
しかしその後、プローブの小型化や治療時間の短縮化をはかり、1999年1月からHIFUを使って前立腺癌の治療を開始しました。最初の2例は、80歳以上の高齢で手術の対象にはならない患者でした。この2人にHIFU療法を行って、1年間経過を慎重に観察しました。PSAには個人差がありますが、通常血液1ミリリットル中4ナノグラム以下なら正常とされます。2人の患者のPSA値は治療前には10ナノグラムを越えていましたが、治療後には0.5ナノグラムを切るほどになり、安定した状態が続き、かつ定期的な術後の前立腺生検でも陰性で、癌細胞が認められませんでした。7年を経過した現在、PSA値は0.4ナノグラムと安定しています。
この結果に自信を得て、さらに装置の改良や照射法の工夫を進めました。
1000ヵ所にHIFUを照射
現在、HIFU療法に使われている装置は、第四世代目になります。

この装置は、超音波で前立腺を観察するモニターと出力を調整する本体、肛門に挿入するプローブ、プローブ内を還流する水を冷やす自動冷却装置からなっています。肛門に挿入するプローブ自体も最大直径3.2センチに小型化されました。このプローブは超音波による前立腺のモニターと治療の両方ができるようになっています。治療時間も前立腺の大きさが30グラムぐらいならば1時間半ぐらいで治療が終わるまでになりました。
治療は、まず背中から腰椎麻酔を行い下半身を麻酔した上で行われます。患者さんは麻酔後ベッドに仰向けになり、肛門から直腸にプローブが挿入されます。

テレビモニターで前立腺の状態を見ながら、治療する領域をセットして、スタートボタンを押せばコンピュータが自動的に治療を開始する仕組みです。
HIFUは、超音波が収束する焦点でのみ高温になるのが大きな特徴です。3×3×12ミリメートルの範囲が超音波の収束範囲で、この領域では組織が80度から98度に過熱されます。


しかし、焦点からわずか5ミリメートル離れただけで、温度は50度前後に低下するので、ねらいを定めれば周囲の組織を損傷することもありません。実際には、この焦点領域が少しずつ重なり合うようにコンピュータが自動的に超音波の焦点を移動させて、前立腺全体を治療し、癌組織を熱凝固させて死滅させます。前立腺癌は、早期であっても癌が前立腺内に散らばっていることが多いので、前立腺全体をHIFUで照射します。

1つの焦点領域につき3秒間超音波を照射して3秒間休むという間隔で治療します。
前立腺全体を加熱するためには、通常これを300-2000ヵ所で繰り返します。100度以上になると、組織内の水分が小さな泡になって蒸散するポップコーン現象が起ります。こうなると、HIFUは正確に焦点を結ぶことが出来なくなるので、出力を低下させるか、治療を一時的に中断して温度を低下させなければなりません。医師は、治療の間テレビモニター画面を凝視し、白い泡立ちになって現れるポップコーン現象を監視します。治療の最後に下腹部あるいは尿道に細い管(バルーンカテーテル)を挿入し、終了します。
治療効果:
PSA値20ナノグラム以下なら80パーセント以上に有効
患者さんは、この間仰向けに寝ているだけです。医師はモニター画面を見つめながら、治療する領域を設定し、ポップコーン現象の発生を監視します。特別な手技が必要ないので、医師の技量による差がないのも長所のひとつです。また、身体への負担も少ないので、翌日からは食事も普通に摂れます。特に問題がなければ治療翌日には退院できます。膀胱に入れた管は、2週間ほどでとれ、その間も管先端のストッパーをはずせば尿を排泄できるので、日常生活に大きな影響はありません。
当科では1999年1月からHIFU療法を世界で初めて開始しましたが、2008年6月までの9年間に851人へHIFU療法を実施しました。年度別症例数、国別症例数を示します。現在、HIFU療法は国内38カ所、海外16カ国で施行されています。
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年度別HIFU症例数 |
| 年度 |
症例数 |
| 1999年 |
4 |
| 2000年 |
12 |
| 2001年 |
34 |
| 2002年 |
57 |
| 2003年 |
136 |
| 2004年 |
145 |
| 2005年 |
136 |
| 2006年 |
156 |
| 2007年 |
128 |
| 2008年6月まで |
48 |
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| 合計 |
851例 |
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国別患者数 |
| 国 |
症例数 |
| 日本人 |
831 |
| アメリカ人 |
15 |
| オーストラリア人 |
1 |
| イギリス人 |
1 |
| オーストリア人 |
1 |
| イラン人 |
1 |
| 中国人 |
1 |
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| 合計 |
851例 |
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500 version 4 でHIFUを施行し、かつ手術後1年以上経過した治療成績をまとめると、平均治療時間は67分でした。

手術後1年以上にわたって経過を観察し、PSA値が手術後最低値から2ナノグラム以上上昇しない例を有効、つまり治ったとすると、低リスク群(stage T2b まで、Gleason Score 2-6でPSAが10ナノグラム/ml以下の場合)95%、中リスク群(低リスク群、高リスク群以外)89%に有効という目ざましい結果が出ています。一方病気が進行している高リスク群(stage T2c 以上、Gleason Score 8-10あるいはPSAが20ナノグラム/ml以上の場合)では48パーセントと明らかに有効率が低下しました。

HIFU療法は、前立腺内にとどまる早期癌を対象とした治療です。PSA値が20ナノグラム以下、あるいは低リスク群・中リスク群ならば、前立腺内に癌がとどまっている可能性が高いのですが、PSA値が20ナノグラムを超えたり、高リスク群になると骨やリンパ節に転移をしている確率が高いので、治療成績も低くなります。ちなみに、前立腺の標準的治療法とされている全摘出手術でもPSA値が20ナノグラム以下の場合や低・中リスク群の5年有効率は平均80パーセントですので、本療法の効果は開腹手術とほぼ同等と言えます。まだ観察期間が平均3年、長くても9年なので結論的なことは言えませんが、低リスク群と中リスク群の場合はHIFU療法は開腹手術に匹敵する効果が期待できます。
前立腺内の癌で、PSA値20ナノグラム以下が適応
前立腺癌が治ったと判断された人の中には、2回、3回とHIFU療法を実施した人も含まれています。本治療を開始した当初は、前立腺生検で癌の存在がみとめられた前立腺の片側だけにHIFUを照射しましたが、これでは必ず再発することがわかりました。照射のインターバルにも試行錯誤が繰り返されました。この当時に治療を受けた人や装置の不具合で再治療が必要になったケースもあります。そうした経過をたどってHIFU療法は確立されてきました。
しかし、現在でも16パーセントぐらいは、癌が残存して2回目の治療が必要になります。ちなみに、これまでにHIFU治療を受けられた851人中、2回治療されたのが156例、3回が26例、4回が4例、5回が2例です。このように、HIFU療法は一度だけしか治療できない開腹手術や放射線治療と異なり、何度でも繰り返し治療ができるのが強みです。また、治療による合併症も少なくなります。ちなみに、HIFU療法では直腸穿孔は0.9%、一時的尿失禁は1.2%、手術では約80%に勃起障害が起こりますが、これも29パーセントと低率です。体の負担が少ないので、年齢に関係なく治療を実施できるのも長所です。これまでHIFU療法を実施した患者さんの年齢は、45歳から88歳でした。
つまり、HIFU療法は、体にメスを入れないので体にかかる負担が少ない、何度でも繰り返し治療ができる、開腹手術や放射線治療で再発してきた場合にも治療することができ、入院期間も短く、重い合併症が少ないといった利点があります。現在、前立腺内にとどまる早期の癌に対して行われる治療の中では、HIFU療法は最も侵襲が少なく、かつ、開腹手術に匹敵する治療効果をあげることができる方法です。

現在、基本的には転移のない前立腺内にとどまる癌(StageT1〜T2b)で、術前のPSA最高値が20ナノグラム以下かつGleason
scoreが2-7の症例がHIFU療法の良い適応としています。
今後の課題は、治療時間を短縮することで30分から1時間で治療ができるようになれば、日帰り手術も可能です。ちなみにこれまでに8例の方が日帰りで手術しました。
今のところ治療は自費払いで112万円ほどかかります。保険適応になるまでには4〜5年はかかると見られますが、早期の前立腺癌と診断された場合には、大きな選択肢のひとつと言えます。
アメリカやヨーロッパでは今、乳癌や肝臓癌、腎臓癌、子宮筋腫など体の深部にある腫瘍をHIFU療法で外から治療する方法が熱心に研究されています。体の外から切らずに深部の癌を治療する。そういう点でも今後とも期待の大きい治療法です。
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